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新ビンビールズの歩み 第九話 青天の霹靂

2013年3月22日

この日の深夜は小岩でリハーサルの予定だった。いまここで文字を打ち込みながらも、毛ガニと我々の身に起こったことをどこまで記録として残すべきか少し悩んでいる。これまでも必要な範囲で随時お伝えはしてきたものの、あまりに生々しく個人的な出来事ゆえに今でも伏せている事も多々ある。また、この事をいわゆる「ネタ」として扱っていると受け取られるのもあまり良くないかもと思う。しかし十年間の歩みを書く上で、最後に起こったこの事は我々にとってもあまりに大きな出来事だったし、支持してくれている多くの方にも心配をかけたのは確かである。これを語らずして、これを乗り越えずして、次には進めないだろう。ということで書く。

[3/22 21:45]
その日ジムでのトレーニングを終え帰宅した俺は、珍しく携帯に毛ガニからの着信履歴が2回もあることに気がついた。リハは深夜24時からだ。この時間に電話があるということは何だろう。少しだけ嫌な予感がした。すぐに折り返し電話をしてみた。毛ガニはなかなか出ない。7〜8回目のコールだったか、電話を取る音がしたが、すぐに声は聞こえて来ず、何かガザガサと雑音が聞こえる。待つこと数秒。「もしもし」と声が聞こえた。最初は間違い電話をしたのかと思った。あまりにいつもの毛ガニの声と違うからだ。びっくりして俺は少し黙ってしまった。
「 俺 今日 練習行けないから 救急車 呼んだから 」
と毛ガニは言った。まるで別人のような声と喋り方だった。あまりに滑舌が悪く何を言ってるのか聞き取るのが大変だった。
「 体の 左半分 動かないから 救急車 呼んだ 」
俺はなんだか突然の事に唖然としてしまい、救急車呼んだなら忙しいんだろうと思ってしまい「わ、わかった、お大事に」なんて間抜けなことだけ言って電話を切ってしまった。しばらくたって、これは絶対に脳の関係でとんでもないことが起こったに違いないと思い返して、すぐにさとしこに電話した。まんぷくには、リハに来てもらってから説明しようと思った。小岩までの長い道中で心配するだろうから。

[3/23 00:30]
小岩のリハスタに集合した毛ガニ以外の三人。毛ガニがその後どうなったのかは家族経由での連絡を待つしかない。俺はどんな顔をするべきかわからなかったが、毛ガニの様子がどんなに異常だったかを二人に伝えた。「これは最悪の事態になる可能性も十分あり得る」と伝えた。だからと言って何もできなかったし、三人で演奏をはじめる気にもならず、微妙な空気のまま時が流れていった。

[3/23 01:30]
1時間程経って、毛ガニが病院に運び込まれて治療中だという連絡が家族伝いに入った。少なくとも本当に最悪の事態にはなっていないらしい。まだ様子はわからないものの情報が入って少しだけ安堵した。スリーコードの最初の歌詞でああは言っているものの、やっぱり情報がないと本当に不安だったし歌う気にもならなかった。うまいこと言ってるようだけど非常時は割と変なことを考えてしまうようで、本当にそう思ってしまった。微妙な表情のまま「まあ生きてるんならよかったな」「そうだな」なんて話しながら、三人でこれからどうするか話し合った。俺はこの時点でも、毛ガニはやっぱり戻ってこれないんじゃないかなと思いながら話をした。そこで決まったことは2つ。

「四月に決まっているライブは、三人でやろう。」
「もしも毛ガニがビンビールズに戻ってこれなかったら、解散だな」

誰からともなく出たこの結論には誰も異議を唱えなかったし、何かの方向性を少しでも出したことで俺はもう少し安心して、乾いた悲しみがここでやっと襲ってきた。リハ終了時間の4時になっても続報は無かった。なんとなく後ろ髪を引かれながらも、何もしようがないのでその日は帰宅することにした。

[3/23 10:00]
さとしこからメールで続報が入った。「とりあえず意識はあるそうで、思ったより元気みたいです」。これは明るいニュースだった。どんな状態かは依然分からないが、意識があることは喜ばしかった。だがそれと同時に、やはり重い病気だったかということも改めて認識した。

[3/23 16:00]
毛ガニから電話が入った。意外と早く回復したらしく、普通に喋ることができるようになっていた。ここでやっとホッと一息つくことができた。病名は「一過性脳虚血発作」。少なくとも脳出血や脳溢血などの重症ではないことがわかり、後遺症も今のところ無いということが分かり、ただ再発の可能性も高いため少なくとも一週間は入院すると言う事がわかった。やっと一安心できた俺は、「四月のライブは三人でやることにした」という事をここで毛ガニに伝えた。




ここまでが、ほんの24時間のうちに起こった事である。こうやってまとめて書いて結果だけ見ればそんなに大げさなことでもなかったのかもしれない。でも俺たちにとっては10年の歴史の中で最も危機感を感じたし、ものすごく長く感じた丸一日だったことには間違いない。

そういえば毛ガニと話したとき「毛ガニが戻ってこなかったら解散」という結論については伝えなかった。本当に復帰できたらその時に言おうと思ったからだ。

毛ガニはその後順調に治療を続け、その一週間後に退院した。少なくとも一ヶ月は激しい運動はしない方が良いとの医師の指導から、4月と5月に決まっているライブはやはり毛ガニ抜きでやることになり、4月はトリオ編成で、5月はザッキー氏をサポートギターに迎えた構成でなんとかやりきった。

毛ガニ抜きのライブ、お客さんの反応は「特別編成も良かったけど、やっぱり毛ガニさんのピコピコしたギターがないと寂しいね」という意見が大半だった。それを聞いて、俺は少しだけ安心した。

5月下旬。

毛ガニの経過も良好、医師のOKも出たところで、すでに毛ガニが倒れる前から決まっていた6月の2週連続ライブ、ここから毛ガニを復帰させることに決定した。そして2週連続ライブの一発目、6月15日を目指して俺たちは4人で普段通りのリハを重ねていった。

ライブ一週間前の6月9日。

たまたまこの週にリハができなかったので、激励の意味も込めて毛ガニに電話してみた。毛ガニは出なかった。「いつでもいいので電話ください」とメールした。そして数時間後にメールが返ってきた。

「また例の症状で救急搬送されて入院してます」

おれは天を仰いだ。

(続く)

第一話 理想と現実 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421967
第二話 Do It Yourself http://blog.bimbeers.com/?eid=1421968
第三話 キラーチューン http://blog.bimbeers.com/?eid=1421969
第四話 協力者と放浪者 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421970
第五話 ザ・ベスト http://blog.bimbeers.com/?eid=1421971
第六話 サラリーマン宣言 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421972
第七話 始まりも終わりも無く http://blog.bimbeers.com/?eid=1421973
第八話 到達点 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421974
第九話 晴天の霹靂 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421975
第十話 復活 そして http://blog.bimbeers.com/?eid=1421976
最終話 不死鳥 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421977

at 20:26, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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