新ビンビールズの歩み 最終話 不死鳥

ここから先はブログなどでも一切発表していない出来事なので、
覚悟して読んでいただきたい。

6月22日、ORGASM復活ライブの朝。
「今向かってますが毛ガニさん体調すこぶるすぐれないそうです」

スタジオのロビーで他のメンバーを待つ間、俺はできるだけ考えるのをやめようとしていた。このタイミングでそう言ってくるということは、やはり相当悪いのだろう。俺はできるだけ考えるのをやめようとしていた。このタイミングで毛ガニを復活させようとしたのはやっぱり俺の間違いだったのだろうか。俺はできるだけ考えるのをやめようとしていた。

メンバー到着。毛ガニの症状は酷い頭痛らしい。どういう風に痛いのか聞いても語彙に乏しい毛ガニは「どんな風にって言われても、とにかくなんか変なんだっ!」とキレ気味に答えることしかできない。救いだったのは、今回に至っては俺よりもまんぷくの方が冷静だった事。まんぷくの提案で「一人で車で帰らせるのも不安だし、まずはセットリストを3人でも4人でもできるものに変更して、毛ガニにはとりあえず座って休んでいてもらってその間に3人でリハをやろうよ」ということにした。この時点で、この日のラストに演奏しようとしていた『黎明』はセットリストから外れることになった。

3人での通しリハを終えた頃に毛ガニが言った。

「やっぱり大丈夫そうです。できそうです。」

かなり迷ったが結論として、本番直前までは毛ガニの様子を見て、できそうなら4人でやろう、できないなら3人でやろうということにした。「ただ、無理はするなよ」ともう何度口にしたかわからない言葉だけは念を押しておいた。ステージで倒れたりしたらそれこそ取り返しがつかない。

さすがに今回ばっかりはこの事実をメンバー以外には隠し通していた。
さすがにここまで来るともう痛すぎて、人には言えない。

毛ガニは本番直前まで車で休ませることにした。
戻ってくると約束していたその時間まで、不安は拭えなかった。

そして本番直前、約束通り毛ガニが戻ってきた。
調子は良さそうだ。
「できます。」
と力の入った目で訴えてきた。
「本番中でもちょっとでも危ないなと思ったら言えよ」とだけ言い残し、
俺たちは4人でステージに上がって行った。

ORGASMのMCユイちゃんからの毛ガニ復活おめでとうの前振り。
これはとても嬉しかった。


転換BGMがフェードアウト。



まんぷくのMC。



「おかえり、毛ガニ。ただいま、ORGASM。ビンビールズでございます!」



一発目の音を出した瞬間。

頼んでもいないのに毛ガニがマイクに向かって叫んだ。



『帰って来たゼェーーーーーーイッ!』





まったく調子の良いやつだなと笑いながら、
俺は一曲目のエアーヨーヨーのリフを刻んでいった。



【完】




長いお話をお読みいただき、誠にありがとうございました。
これがビンビールズの十年間に起きたことのほぼ全てです。

ただ、まだ一つ大事な報告があります。
この6月22日のライブ終了後、我々は一つの決断をしました。

ビンビールズは
8月10日の十周年記念イベント『大ビンビ展』でのライブを最後に
半年ほどライブ活動を休止します。

毛ガニの体調の事が一つの理由であることは否めません。今のところ新たな問題は発生していないのでこれ以上のご心配には及びませんが、やっぱりもうすこし時間をかけて一旦落ち着かせようかという事になりました。重くてでっかい荷物を4人でずっと運び続けて、3人になってもそのまま踏ん張って運び続けて、また4人になりそうだったりならなそうだったりして、「い、一回置こう!一回落ち着こう!」というイメージを想像していただければ分かりやすいかと思います。もちろんライブを休止している間も活動を止めるわけでもありませんし、ビンビールズとして新曲をしっかり作ったりメンバー個々の活動をしたりして、有意義な休止期間にしたいと考えております。

何より、休んでもタダでは起きないビンビールズです。来年の春の匂いがしてくる頃には、でっかいお土産を持って戻ってきたいと思いますよ。これはご期待いただいて間違いないかと思います。

そして、今年最後のライブになるであろう8月10日(土)の『大ビンビ展』。そういう意味でもこの日は必見となります。是非万障お繰り合わせの上高円寺Club Mission'sまで足を運んでいただければ、必ずやご満足して笑顔でお帰りいただけるものと硬く信じております。

重ねて御礼申しあげます。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

第一話 理想と現実 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421967
第二話 Do It Yourself http://blog.bimbeers.com/?eid=1421968
第三話 キラーチューン http://blog.bimbeers.com/?eid=1421969
第四話 協力者と放浪者 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421970
第五話 ザ・ベスト http://blog.bimbeers.com/?eid=1421971
第六話 サラリーマン宣言 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421972
第七話 始まりも終わりも無く http://blog.bimbeers.com/?eid=1421973
第八話 到達点 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421974
第九話 晴天の霹靂 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421975
第十話 復活 そして http://blog.bimbeers.com/?eid=1421976
最終話 不死鳥 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421977




【8月10日(土)】

ビンビールズ10周年記念イベント
『大ビンビ展』
会場 :高円寺Club Missions
http://www.live-missions.com/
開場/開演:16:50/17:10
チケット:前売予約¥2000 (1drink別)

出演
ビンビールズ
FlatLandCoil
えくおとさず
frAgile
はしぐちかずひろ
打首獄門同好会
O.A. ナマザキ

チケットご予約はこちらのフォームから
https://ssl.form-mailer.jp/fms/24e1a993185529




text by NAMAHAGE
photo by Hiroko Kinoshita

at 05:12, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第十話 復活、そして



2013年6月9日 

「また例の症状で救急搬送されて入院してます」

あまりのことに目の前が真っ暗になるという表現があるが、それって実際にあるんだということがわかった瞬間だった。いや、実際には真っ暗じゃなくて真っ白になった感覚だった。復活ライブの1週間前に突然来た毛ガニからのこのメールを見て、俺はまずわけもなく部屋の中を歩き回った。何も考えが浮かんでこなかったし、とりあえず「落ち着いたら電話します」と書いてあったのでそれまで待つことしかできなかった。しばらく部屋の中を歩き回った後、俺はギターを取り出し、毛ガニのギターフレーズを練習しまくった。それくらいしかできることがなかった。

数時間後、毛ガニから電話が入った。意外に元気だった。「いやー仕事中に同じような症状がちょっと出て、前よりひどくはなかったんだけど同僚が気を利かせて救急車呼んでくれてさ」と言っていたが、結局入院したことには変わりはない。「こんな感じだから、来週のライブはたぶん無理かも」と毛ガニが言った。なんだか拍子抜けするくらい悪びれない感じだった。俺が毛ガニの立場でこんな状況だったら普通「迷惑かけて申し訳ない」とか「もうバンド抜けたほうがいいかな…?」とかネガティブな考えと言葉が普通出てくると思うのだが、毛ガニはそんな様子もなく「いやーしょうがないよねー(笑)」みたいな。本人は心の中で何か思っていたかもしれないが、毛ガニのこの悪びれない明るい様子は逆に嬉しかったし、そうでなければ俺ももっと深刻に今後のことを考えはじめていたかもしれない。

毛ガニの言う通りもうこうなったらしょうがないし、もうライブやるやらないの判断は毛ガニ個人の判断に任せることにした。できなかったらまた3人でやるし、やっぱりできるんなら4人で復活しようよと。ただ無理はするなと。主治医の見解には従えと。

そして数日後、毛ガニから電話が来た。

『やっぱり、やることにしました。』

こうして2013年6月15日 高円寺Club Mission's。frAgle主催のイベント東京ノスタルジアにて毛ガニは復活し、3ヶ月ぶりに4人での演奏となった。いつものORGASMでもなかったし、あまり大げさな演出はしなかった。ただやっぱりいろんな感情が入り混じってしまったからか、俺の演奏と歌はいつもより少し力が入っていたかもしれない。ひさびさに毛ガニの演奏を見に来てくれたお客さんからも「やっぱり毛ガニさんは必要だね」と少し微妙だけど嬉しい言葉をいただいて、これでやっともとの活動に戻れるな、と俺は少し感傷に浸ってしまった。

次のライブは一週間後の6月22日、ホームのORGASMへの復帰。ここはもうちょっとだけ華々しく毛ガニの復活を祝い、ちょっと毛ガニに挨拶くらいはさせてやろうかなとか考えていた。毛ガニのギターがないとできなかった曲もいくつか復活させて、ひさびさに『黎明』をやりたいなと思った。再出発にぴったりの曲だからだ。

だが、それは結局叶わなかった。

6月21日、ORGASMへの復活ライブ前日。
俺は念のため毛ガニにメールした。
「体の調子どう?」と。すぐに毛ガニから返信があった。
「大丈夫ですよー 明日はよろしくお願いしますm(_ _)m」
最後の顔文字がイラっとくるところもいつもの毛ガニだったし、これで安心だ。

6月22日、ORGASMへの復活ライブ当日朝。
その日は渋谷のスタジオで朝のリハーサルをやってからライブハウスに向かう予定だった。
車を止めて機材を運ぼうとした俺は、毛ガニと一緒に別の機材車で渋谷に向かっているさとしこからメールが入っていることに気が付いた。

「今向かってますが毛ガニさん体調すこぶるすぐれないそうです」

俺は天を仰いだ。

(続く。次回最終話「不死鳥」)

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at 12:40, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第九話 青天の霹靂

2013年3月22日

この日の深夜は小岩でリハーサルの予定だった。いまここで文字を打ち込みながらも、毛ガニと我々の身に起こったことをどこまで記録として残すべきか少し悩んでいる。これまでも必要な範囲で随時お伝えはしてきたものの、あまりに生々しく個人的な出来事ゆえに今でも伏せている事も多々ある。また、この事をいわゆる「ネタ」として扱っていると受け取られるのもあまり良くないかもと思う。しかし十年間の歩みを書く上で、最後に起こったこの事は我々にとってもあまりに大きな出来事だったし、支持してくれている多くの方にも心配をかけたのは確かである。これを語らずして、これを乗り越えずして、次には進めないだろう。ということで書く。

[3/22 21:45]
その日ジムでのトレーニングを終え帰宅した俺は、珍しく携帯に毛ガニからの着信履歴が2回もあることに気がついた。リハは深夜24時からだ。この時間に電話があるということは何だろう。少しだけ嫌な予感がした。すぐに折り返し電話をしてみた。毛ガニはなかなか出ない。7〜8回目のコールだったか、電話を取る音がしたが、すぐに声は聞こえて来ず、何かガザガサと雑音が聞こえる。待つこと数秒。「もしもし」と声が聞こえた。最初は間違い電話をしたのかと思った。あまりにいつもの毛ガニの声と違うからだ。びっくりして俺は少し黙ってしまった。
「 俺 今日 練習行けないから 救急車 呼んだから 」
と毛ガニは言った。まるで別人のような声と喋り方だった。あまりに滑舌が悪く何を言ってるのか聞き取るのが大変だった。
「 体の 左半分 動かないから 救急車 呼んだ 」
俺はなんだか突然の事に唖然としてしまい、救急車呼んだなら忙しいんだろうと思ってしまい「わ、わかった、お大事に」なんて間抜けなことだけ言って電話を切ってしまった。しばらくたって、これは絶対に脳の関係でとんでもないことが起こったに違いないと思い返して、すぐにさとしこに電話した。まんぷくには、リハに来てもらってから説明しようと思った。小岩までの長い道中で心配するだろうから。

[3/23 00:30]
小岩のリハスタに集合した毛ガニ以外の三人。毛ガニがその後どうなったのかは家族経由での連絡を待つしかない。俺はどんな顔をするべきかわからなかったが、毛ガニの様子がどんなに異常だったかを二人に伝えた。「これは最悪の事態になる可能性も十分あり得る」と伝えた。だからと言って何もできなかったし、三人で演奏をはじめる気にもならず、微妙な空気のまま時が流れていった。

[3/23 01:30]
1時間程経って、毛ガニが病院に運び込まれて治療中だという連絡が家族伝いに入った。少なくとも本当に最悪の事態にはなっていないらしい。まだ様子はわからないものの情報が入って少しだけ安堵した。スリーコードの最初の歌詞でああは言っているものの、やっぱり情報がないと本当に不安だったし歌う気にもならなかった。うまいこと言ってるようだけど非常時は割と変なことを考えてしまうようで、本当にそう思ってしまった。微妙な表情のまま「まあ生きてるんならよかったな」「そうだな」なんて話しながら、三人でこれからどうするか話し合った。俺はこの時点でも、毛ガニはやっぱり戻ってこれないんじゃないかなと思いながら話をした。そこで決まったことは2つ。

「四月に決まっているライブは、三人でやろう。」
「もしも毛ガニがビンビールズに戻ってこれなかったら、解散だな」

誰からともなく出たこの結論には誰も異議を唱えなかったし、何かの方向性を少しでも出したことで俺はもう少し安心して、乾いた悲しみがここでやっと襲ってきた。リハ終了時間の4時になっても続報は無かった。なんとなく後ろ髪を引かれながらも、何もしようがないのでその日は帰宅することにした。

[3/23 10:00]
さとしこからメールで続報が入った。「とりあえず意識はあるそうで、思ったより元気みたいです」。これは明るいニュースだった。どんな状態かは依然分からないが、意識があることは喜ばしかった。だがそれと同時に、やはり重い病気だったかということも改めて認識した。

[3/23 16:00]
毛ガニから電話が入った。意外と早く回復したらしく、普通に喋ることができるようになっていた。ここでやっとホッと一息つくことができた。病名は「一過性脳虚血発作」。少なくとも脳出血や脳溢血などの重症ではないことがわかり、後遺症も今のところ無いということが分かり、ただ再発の可能性も高いため少なくとも一週間は入院すると言う事がわかった。やっと一安心できた俺は、「四月のライブは三人でやることにした」という事をここで毛ガニに伝えた。




ここまでが、ほんの24時間のうちに起こった事である。こうやってまとめて書いて結果だけ見ればそんなに大げさなことでもなかったのかもしれない。でも俺たちにとっては10年の歴史の中で最も危機感を感じたし、ものすごく長く感じた丸一日だったことには間違いない。

そういえば毛ガニと話したとき「毛ガニが戻ってこなかったら解散」という結論については伝えなかった。本当に復帰できたらその時に言おうと思ったからだ。

毛ガニはその後順調に治療を続け、その一週間後に退院した。少なくとも一ヶ月は激しい運動はしない方が良いとの医師の指導から、4月と5月に決まっているライブはやはり毛ガニ抜きでやることになり、4月はトリオ編成で、5月はザッキー氏をサポートギターに迎えた構成でなんとかやりきった。

毛ガニ抜きのライブ、お客さんの反応は「特別編成も良かったけど、やっぱり毛ガニさんのピコピコしたギターがないと寂しいね」という意見が大半だった。それを聞いて、俺は少しだけ安心した。

5月下旬。

毛ガニの経過も良好、医師のOKも出たところで、すでに毛ガニが倒れる前から決まっていた6月の2週連続ライブ、ここから毛ガニを復帰させることに決定した。そして2週連続ライブの一発目、6月15日を目指して俺たちは4人で普段通りのリハを重ねていった。

ライブ一週間前の6月9日。

たまたまこの週にリハができなかったので、激励の意味も込めて毛ガニに電話してみた。毛ガニは出なかった。「いつでもいいので電話ください」とメールした。そして数時間後にメールが返ってきた。

「また例の症状で救急搬送されて入院してます」

おれは天を仰いだ。

(続く)

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at 20:26, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第八話 到達点

2012年2月25日 『ロック54』レコ発イベント



「ナマハゲさん、正真正銘のSOLD-OUTですっ!」

我々の出番直前、新宿RUIDO K4の楽屋に走り込んできたORGASM主催・有留裕志がそう叫ぶ声を聞きながら、誰かに心臓をギュっと掴まれるような、何とも言えない想いを感じていた。

2011年秋からレコーディングを始めた新作『ロック54』はあらゆる面でのクオリティ向上を目指し、ORGASM有留裕志プロデュースのもとじっくりと時間をかけてプリプロ(レコーディング前の仮録音)からクリックトレーニング、有留裕志肝入りのORGASM STUDIOの手によるレコーディング・ミックスを行い、それまでとは比べ物にならない程の作品に仕上がった実感はあった。さらに発売に向けては、ビンビールズ初となるメンバー出演MV『牛乳瓶の底』公開、特設サイト開設、USTREAM番組出演、インタビュー記事公開、グッズ製作、レコ発イベントのブッキング、告知、とにかく、自分たちで出来ることは何でもやろうと決めて実践してみた。





それにしてもだ。ここまで沢山の人に集まってもらえるとは。
結成9年、すでに本格的に四十代を迎えたサラリーマンバンドのイベントにだ。
ここまで沢山の人に集まってもらえるとは。

ひとつの到達点のようなものを感じながら、しかしこれで満足してしまってはいけないという気持ちになりながら、結局やっぱり感動しながら、我々はその日のイベントを終えた。

今からほんの一年前のこと。記憶にも新しいと思うので多くは語るまい。
もし興味があればこちらの
特設サイトを覗いていただきたい。当時の興奮状態が伝わってくるであろう。トップに掲載されているFlatLandCoilのイシハラ氏による全曲インタビューの記事も、ロック54の曲を知っている方にはきっと楽しんでいただけると思う。

完全未発表曲が大半だったアルバム『ロック54』の評判はその後も思った以上で、続けて公開した映像職人こだか氏によるMV第二弾『ハイライト』での誰も思いつかないような演出も、前作を超える衝撃を与えられたと自負している。まったく、こだか氏、期待を裏切ることを知らない男である。



このようにして、この頃からビンビールズ(有留裕志含む)は完全に

調子乗り期

に突入した。2012年はORGASM500回記念イベントで被り物をしたり、90分のロングライブを二度もやったり、ハロウィンのイベントでなまはげの被り物をしたり、新しいトーク番組を作ったり、まさにやりたい放題。お客さんも喜んでくれたと思うし、ここまで来たらもう大抵のことはやっていけるなと思っていた。

年が空け2013年春、あの日が来るまでは。

(続く)

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at 18:36, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第七話 始まりも終わりも無く



2010年 冬

『ザ・ベスト』発表後もビンビールズは変わらず月一回のペースでライブをやり続けた。長いこと出演し続けているライブイベントORGASMの中でも気がついたら古参バンドの仲間入り。この頃にはORGASM主催者の有留裕志とも強固な信頼関係が生まれ、最初にORGASMに出演した頃の卑屈だったビンビールズの面影は完全になくなっていた。

「何でビンビールズはORGASMに出続けるんですか?他でも活動すればいいのに」と今でも時々聞かれることがある。正直に答えよう。あまり深く考えていないからである。もちろん仲間のバンドから自主企画イベントなどに誘ってもらえることはとても有難いし刺激にもなる。そんな時はスケジュールを調整して参加させてもらう時もある。だがやはりホームと決めているのはORGASMであることには変わりはない。

なぜなら「自分たちの居場所ってここで良いのかな?」と自問している時間がもったいないからである。綺麗事を言うようであるが、いつの頃からかビンビールズはイベントに出演させてもらうときは「自分が何をしてもらえるか」ではなくて「自分が何を与えられるか」に重点を置いて考えるようになった。それは良い演奏をすることだったり、お客さんをたくさん呼ぶことだったり、他のバンドを観に来たお客さんにも喜んでもらうことだったり、色々な手段があると思う。いちいち損得勘定を考えて迷うよりそうやって一方的に自分たちが何かを与える手段を考えた方が、気持ちも楽だったからだ。そうすれば別に期待なんかしなくても、相手も何かを返してくれるものだということがわかった。ORGASMの有留裕志はよく『共闘』という言葉を使う。そういう事だと思うし、その考え方は俺も単純に好きなのである。

2011年 春

単刀直入に言うと、東日本大震災が起きた。3月にビンビールズはライブを予定していなかったのでそれが直接活動に影響を与えることはなかったが、日本人ならば誰もが生命観について真剣に考えるきっかけとなった出来事だったのではないかと思う。音楽家であれば自分が音楽で何ができるのかを真剣に考えた人も多かっただろう。楽器を抱えて東北に向かった人もいれば、結局音楽では人間なんか救えないという結論に至った人もいただろう。

ビンビールズがした事といえば、次のアルバムまで暖めておこうと思っていた新曲『黎明』の歌詞を一から書き直して4月のライブで急遽演奏したこと、そのライブをチャリティー仕様にしてチケット売上げの半分を赤十字に寄付したこと、_ _ _ _*(テイヘン)主催のチャリティーイベントに出演させてもらったこと。そんなささやかなことだけだった。

あれから2年と少し。この記録を書いていて自分で驚いたことは、あれから ”まだ2年しか経っていない” ということだ。あまりに激烈な出来事だったために遠い昔のように思えてしまうのか、無意識のうちに忘れようとしているのか。あるいは、結局自分は東京に居て遠巻きに眺めていただけだったからなのか。とにかく、ずいぶんと昔のことのように思えてしまう。

そしてそう思うと、あの時にやったいくつかのチャリティー企画、そんな気持ちさえも自分の中では一過性のものだったと気付く。あの時感じた「これはするべき事なのか?偽善じゃないか?自己満足じゃないか?」という想いでさえも、一過性のものだったと気付く。

そのことに気付いただけでも今この記録を書いている事は無駄ではなかったなと思う。人は忘れる生き物。今の自分に何ができるのか、何ができないのか、もう一度ここで確認してみようかと、そんな風に思った。

2011年 秋。
このときに発表した新曲『黎明』を切り口に、新作のレコーディングが始まった。

(続く)

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at 18:13, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第六話 サラリーマン宣言

2010年 春

『これからは映像の時代だ』

『ザ・ベスト』レコ発を終え一息ついたと思っていたある日のスタジオで、まんぷくがおもむろにこう言い出した。聞けばYouTube上で公開するビンビールズの番組を作りたいと言う。この一言を聞いた瞬間俺は「あぁまた俺の仕事が増えるのだなー」と半ば諦めに近い悟りを開いたので何も文句は言わなかった。

ビンビールズの夢は紅白でもミュージックステーションでもなく「タモリ倶楽部」に出演することだと暗黙の意思統一があったビンビールズ。その気持ちを鑑み、番組の名称は『ビンビ倶楽部』とすることにした。単純に言えば、パクりである。否、リスペクトである。

第一回のテーマは『サラリーマンバンド ビンビールズの練習風景を見てみよう』。それまでの活動を通じて、サラリーマンであることを包み隠さずいやむしろ俺たちの武器として高らかに宣言していこうという気持ちがようやく一つになったビンビールズにはぴったりの内容だと思った。そして出来上がった映像がこちらである。





自分でもひさしぶりに見てみたがなかなかよく出来ていると思う。各メンバーの職業紹介と仕事着のコスプレ付きでのスリーコード演奏風景、今こそ是非ご覧いただきたい。

この『ビンビ倶楽部』はこのあと第四弾まで続く。その中でも出色の出来栄えだったのが2010年初冬に公開された第三弾

『毛ガニ大陸』

である。普段は塗装工事現場監督であるギタリスト・毛ガニの内面に迫るリアル・ドキュメンタリー。この映像をきっかけに、ギタープレイとは無関係なところで既に不動の人気を誇っていた毛ガニ人気が再び爆発。これらの映像を見なおして今なら分かる。この微妙に「イラッ」と来る感じが良いのだろうな。





しかし、この毛ガニ大陸のラストを飾る毛ガニの言葉。これが全然シャレにならない出来事が数年後に待っているとは、当時の俺たちは想像していなかった。

(続く)

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at 19:00, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第五話 ザ・ベスト



2010年 春

新作の5曲入りミニアルバムのタイトルを発案したのはまた毛ガニだった。アルバムのタイトルをつける才能だけは飛びぬけている。「『ベスト』ってどう?ニューアルバムなのにベスト」「それだっ!」ということで『ザ・ベスト』に決定した。「これが今の俺たちのベストだよ」という意気込みにぴったりのタイトルだった。その頃の音楽シーンはもう"CDが売れない時代"がいよいよ本格化、売れるのはベストアルバムばかりという時代だった。メジャーなレコード会社はとにかくCDを売るために、デビューして数年のミュージシャンの曲をなんとか掻き集めてベストアルバム名目で出すという露骨な手段に出ていたのが見えみえだった。そんな時代へのカウンターのつもりもあった、全曲新作なのに『ザ・ベスト』。

自主制作のアルバムではあるけれど、いろんな部分で前作よりも完成度の高いものにしようと決めていた。今回はジャケ写は思いっきり顔を出そうよと俺が提案した。しっかり顔を出して、サラリーマンであると同時に本物のバンドとして本当にやっていくんだという決意を示したかった。ブックレットもまんぷくのデザインにより丁寧に丁寧に作り込んだ。アーティスト写真とブックレットの撮影はずっとビンビールズのライブ写真を撮り続けてくれるカメラマン 木下ひろこ 氏によるもの。彼女もまた何かを突き詰めているビンビールズの強力な協力者の一人である。現在でもビンビールズの全ての写真は彼女が撮影し、作品からサウンドが聴こえてくるような、生々しい記録を残し続けてくれている。

2010年2月20日『ザ・ベスト』レコ発、下北沢MOSAiC。前売りリストは予約で埋まっていた。出番を待っている間にもたくさんの人からお祝いの言葉をもらった。自分たちにも、観に来てくれた人にも、なにか特別なことが起こるという高揚感があったと思う。ライブ直前に交わされたまんぷくと毛ガニのなにげない会話、それが印象に残った。

「毛ガニ君、君とふたり小岩のスタジオで奥田民夫の曲とかちまちまやってた頃は、まさかこんな日が来るなんて思わなかっただろう。」
「うん、夢にも思わなかった!」

本当にメンバーにしてみれば、これが本心だろうと思う。そして、その言葉を本当に実感したのは、幕が開き、スリーコードの演奏を始めた瞬間だった。





フロアを埋め尽くしてくれた人たちの笑顔と熱狂は驚いた。なんとなくこの映像の自分の表情にもその驚きが現れているようで今では少し恥ずかしい。1曲目の「スリーコード」を演奏しながら、それまで忌み嫌っていた『社会人バンド』『サラリーマンバンド』という肩書きを、これからは胸をはって高らかに宣言できるな、そんな風に思った。

(続く)


第一話 理想と現実 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421967
第二話 Do It Yourself http://blog.bimbeers.com/?eid=1421968
第三話 キラーチューン http://blog.bimbeers.com/?eid=1421969
第四話 協力者と放浪者 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421970
第五話 ザ・ベスト http://blog.bimbeers.com/?eid=1421971
第六話 サラリーマン宣言 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421972
第七話 始まりも終わりも無く http://blog.bimbeers.com/?eid=1421973
第八話 到達点 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421974
第九話 晴天の霹靂 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421975
第十話 復活 そして http://blog.bimbeers.com/?eid=1421976
最終話 不死鳥 http://blog.bimbeers.com/?eid=1421977


at 00:31, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第四話 協力者と放浪者


2009年 冬

ビンビールズは春に新しいミニアルバムをリリースすべくレコーディングを進めていた。前作のリリースのことでいろいろと懲りた我々は、今回は流通なんかに拘らずにやりたいようにやろうということで、再び自主制作アルバムとして発表することにした。

そんなおり、俺の地元秋田にいる学生時代の友人から突然電話が入った。在学中に突然の病気で亡くなってしまった同級生の二十周忌になるから、みんなで同窓会がてら墓参りに行かないかというものだった。そうか、もう二十年にもなるのか。

何年かぶりに会う同級生達は皆だいぶ歳をとっていた、自分も含めて。墓参りを終えその夜は湖畔の民宿に泊まってでいろんな話をした。自分は今だにバンドを、それも真剣にやってるのだと伝えYoutubeなんかを見せるとみな驚いて、喜んでくれた。そして今回の墓参りツアーを企画してくれた彼から、提案があった。

ビンビールズのPVを作りたい と。

彼が「こだか氏」である。とても嬉しい提案ではあるが、いきなりPVを作りたい、選曲と内容は任せて欲しい、と言われたので正直どんなものになるのか想像も付かなかった。ただ、彼は音楽こそやっていなかったものの学生時代から何を任せても期待以上の完璧な仕事をする男だというのは分かっていたし、その彼がここまで自信を持って提案してくるのだから、きっと良いものが出来るんだろうという確信はあった。

数週間後、仕上がったばかりの音源を彼に送った。その中から彼は『バガボンドの映像を作りたい』と申し出てきた。その旨をメンバーに伝えたところ予想通り『それは嬉しいけど、そんな全部お任せなんて本当に大丈夫なのか?』との反応。まあ普通はそう思うだろう。「ま、出来上がってきたのを見てみようよ」とその時はお茶を濁しておいた。

そして待つことさらに数週間。こだか氏から遂に映像が上がってきた。





期待を上回るのも程がある。最初に見たときニヤニヤが止まらなかった。すぐに喜び勇んでメンバーに送って見せた。メンバーもみな、驚きと笑いが止まらなかった。どうしたらここまで、何も伝えなくともバンドと楽曲の世界観を見事に映像化できたのだろうか。内容については何も注文していないのにだ。

何かを追求していけば、同じように何かを追及してくれる協力者が自然に現れるものなんだということをこのとき確信した。互いの信頼がある限りそこに言葉はそれほど重要でないのだ。

このバガボンドPVは衝撃を持って受け入れられ、新作の発表に向け大きな弾みがついた。

(続く)


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at 10:48, bimbeers, 新ビンビールズの歩み2009〜2013

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新ビンビールズの歩み 第三話 キラーチューン




2009年 初夏。

数年前に自分で作った曲について、しかもバンドにとって今ではキラーチューンみたいになった曲に限って、いったい何をどうしたらこんな曲が出来上がったのか、どうやって作ったのか今では全然想像できないという感覚、バンドマンならきっとあると思う。

自分も当時どうやってこの曲のメロディや歌詞をつくったのか、今でははっきりとは思い出せない。

ただリハーサルの時に俺が単純にA→C#の繰り返しを何の気なしに弾いていたらまんぷくが「それもう一回弾いてみて」と言ってきて、「こんな単純でいいの?」と思いながらそれをイントロにして、そこから肉付けしていったらすぐにかたちになった曲。「単純でいいんだよ。単純な曲を作ろう」というまんぷくの提案によって、ミュージシャンにとって単純であることの代名詞であるひとつの言葉をタイトルにした曲。世界は難解だけどでも僕らは単純に生きようじゃないかという、それだけの事を歌詞にした曲。

『スリーコード』

2009年6月の渋谷屋根裏で初めて披露した。音源も出していないのにすぐにライブで一番人気になった。以後この曲は、現在に至るまで自他共に認めるビンビールズの代表曲となる。最もシンプルに作った曲が、最高のキラーチューンとなる。ロックって不思議なもんだ。

そしてビンビールズはこのキラーチューンを携え、次回作へと準備を進めていった。

(続く)

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新ビンビールズの歩み 第二話 Do It Yourself

2009年 春。

今思い返しても、ライブバンドとして急速に成長を遂げていった時期がこの頃だった。何が起こったのかはっきりとはわからない。なにか唯一の突破口があったというのではなくて、それまでの5年間で積み重ねてきた小さなものが同時に花開いたのかもしれない。人に頼らずに自分たちでやっていこうと決意したからかもしれない。とにかくフロアの熱気が昨年までのライブと全然違った。

ライブでいろんなことを試してみた時期でもある。いくつか例を上げよう。

毛ガニに餅を撒かせたり



毛ガニにヨーヨーをさせたり



毛ガニの髪を伸ばしたり



このように、ギタリストとしていろんなことを試させてみた。

ライブを重ね、競演を通じてバンド仲間も増えていった。

オルタードシステム FlatLandCoil MEMENTO SONUS soul red jam シグルイ 風雷音 blinkstrings 打首獄門同好会 BRING 異星人解体 BLUE SUGAR SPIRITS tardigrada Frontallobe CHAOS

当時よく対バンしたのはこんなバンド達だったろうか。どのバンドも最初にそのステージを観た時にはそのパフォーマンスに恐れおののいたし、それに比べて自分たちは演奏も活動スタンスもぜんぜん中途半端だというネガティブ思考がまだ完全に抜けていない時期だったから、果たして自分たちはこんな人たちと同じステージに立ってて本当に良いんだろうかなんてその当時はまだ思っていた。それなのに皆、ひと回り以上も歳上のサラリーマンバンドなビンビールズと分け隔てなく接してくれたし、それどころかなんだかやたらとリスペクトしてくれたり、やたらと「ビンビールズすげーすげー」と言ってもらうことが多くてこっちが恐縮していた。これは決して謙遜しているわけではなく本当の気持ちである。

バンドマンは永遠に自分の出す音を客観的に聴く事ができない。だから自分たちの出している音が本当はどんな風に届いているのかは周囲からのいろんな情報に基き判断するしかない。歳はずっと下でも尊敬すべきミュージシャンである彼らからの言葉は、我々に少なからず自信を与えていった。

そんな中、バンドにとってとても大切なものが、ひとつ生まれた。

(続く)

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